毎日40人・年間1万人以上と会話しているRyoです。薬局のカウンターで「言ってることは正しいのに伝わらない」と嘆く人を何度も見てきたし、僕自身も何度も凹んできました。今回は、説得力を底上げする表現技法の体系=レトリックを、現場感覚で語り尽くします。
伝わらないもどかしさ、どこから来る?
正しい情報ほど堅苦しく聞こえる罠
現場でお薬の注意点を説明するとき、専門用語を連発した瞬間に患者さんの目が泳ぎ出す。これ、毎度のあるあるです。僕ら薬剤師は、正確さを重視するほど言葉が硬くなりがちで、相手の頭に入る前に拒否反応を起こされてしまう。レトリックはこの堅さをほぐし、相手の脳にスッと入る道を作るための柔軟剤みたいなものなんですよね。
「押し付け感」が信頼を削る
真面目に語れば語るほど「お説教」に聞こえる現象も厄介です。患者さんは病気だけでなく不安を抱えています。そこに上から目線の語りが乗ると、心のシャッターがガラガラ閉まる。レトリックには相手に寄り添いながらも、主張を自然に滑り込ませるための技法がぎゅっと詰まっているんです。
レトリックの基礎をざっくり掴む
古代ギリシャから続く実践知
レトリックは古代ギリシャの演説術にルーツがあり、ロゴス(論理)・エトス(人格)・パトス(感情)の三要素で構成されます。薬局でも同じで、薬効の理屈を語るだけでは足りず、僕という人間への信頼感、患者さんの気持ちへの共感が揃ってやっと話が通る。歴史的背景を知ると、レトリックがただの言葉遊びでなく、実践に根ざした体系だと腑に落ちます。
日本語ならではのレトリックもある
敬語や曖昧表現が豊富な日本語では、間接的に伝える技術が求められます。たとえば「飲み忘れないでください」より「朝ごはんの歯磨きとセットにすると忘れにくいですよ」と日常に寄せる比喩を使うほうが角が立たない。文化を踏まえたレトリックの応用が不可欠です。
説得力を生む具体テクニック
メタファーでイメージを渡す
人はイメージで物事を理解します。血圧の薬を説明するとき「ホースの蛇口を少し緩めて水圧を調整するイメージです」と比喩を入れると、患者さんが「ああ、そういうことか」と納得顔になる。これはレトリックの王道。わからん専門話も、生活にあるモノへ置き換えるだけで説得力が跳ね上がります。
物語で感情を動かす
「以前、似た症状の方がいて…」と体験談を添えると、相手の感情がゆるむ。僕が担当した70代の男性は、「同じ年代の人が改善した」という話を聞いて治療を続ける決心をした。人は合理的判断だけで動くわけじゃない。小さな成功ストーリーを用意しておくのは、現場のレトリックの鉄板なんです。
反論先回りで安心を作る
薬の副作用は誰でも怖い。「副作用ゼロです!」なんて言えないから、「ごくまれに眠気がありますが、対策として夕食後に飲んでみましょう」とセットで伝える。これはプロレプシスと呼ばれる技法で、相手の不安を先読みすることで信頼を得ます。ネガティブ情報を黙っているほうが、後でバレたときのダメージがすげー大きい。
現場での活用フロー
STEP1: 相手の価値観を拾う
レトリックは相手の価値観に合わせて初めて効きます。初診で必ず「普段どんな生活ですか?」と世間話的に聞き出すのは、単なる雑談じゃない。価値観を拾う準備運動です。釣りが好きなら釣り比喩、孫の話が多いなら家族ネタで伝える。価値観を知らずに技法を使うと、ピントが外れて逆効果です。
STEP2: メッセージの骨格を組む
伝えたいことを「問題→原因→解決→未来」の順に整理しておく。これを僕はこっそりメモ帳に書き出してから説明に入ります。骨組みがあると余計な話に脱線せず、レトリックを差し込む位置も見極めやすい。面倒だけど、やらないとマジで話が迷子になる。
STEP3: フレーズを磨く
同じ意味でも、言い回し次第で温度が変わる。「絶対に飲んでください」より「飲み続けるほど体が守られます」のほうが未来志向で響く。日常で使えるフレーズをストックし、退勤前に同僚と共有しておくとレトリック力が底上げされます。
よくある失敗とリカバリ
技法を盛り込みすぎる
メタファー、ストーリー、反論先回り…全部盛ると情報過多で相手が疲れます。以前、僕が張り切って盛り込み過ぎたとき、患者さんから「結局どうすれば?」と苦笑されました。技法は料理のスパイス。主役は伝えたいメッセージ。引き算の感覚が必須です。
相手の感情を置き去りにする
レトリックに集中するあまり、相手の表情変化を見落とす失敗も多い。眉間にシワが寄ったら、そこで一旦止まって「ここまで大丈夫ですか?」と確認する。相手の反応を観察しつつ柔軟に言い換えるのが、現場で生きるレトリックの真骨頂です。
実践トレーニング法
日記で言い換えを鍛える
毎日の接客で使った説明を、帰宅後にノートへ書き写し「もっと柔らかい言い方」に言い換えてみる。これを一か月続けると、自然と表現の引き出しが増えます。僕は週に一度、同期と日記を交換してフィードバックし合ってます。めんどいけど、確実に効く。
音読でリズムを整える
説得力には声のリズムも関係します。お気に入りの記事を音読し、息継ぎポイントや間の取り方を体に染み込ませる。声が単調だとどんな良い比喩も死ぬ。薬局のバックヤードでこっそり練習してたら、同僚に笑われたけど気にしない。
まとめと次の一歩
小さな改善を積み重ねよう
レトリックは特別なスキルではなく、日々の会話で磨ける筋肉です。メタファーを一つ準備する、相手の価値観を一言拾う。そんな小さな改善を積み重ねるだけで説得力はじわじわ上がります。明日から、伝え方の引き出しを一つ増やすところから始めてみませんか?
現場で試してフィードバック
机上の知識だけでは身につかないので、実際の接客で試し、相手の反応を記録しておく。うまくいかなかった言い方を翌日に修正するサイクルを回すことが、レトリックを血肉化する近道です。僕もまだまだ試行錯誤中ですが、一緒にアップデートしていきましょう。
レトリック代表技法の処方箋
対比で判断を後押しする
接客でよく使うのが対比法です。「今の状態をこのまま放置した場合」と「薬をきちんと飲んだ場合」の未来を並べる。ある糖尿病患者さんには「今の数値が続くと年末の旅行で体が思うように動かなくなるかもしれません。でも今日から調整すると、孫さんとの温泉もラクに楽しめるはずです」と伝えたら、目の色が変わった。未来の映像を二つ提示することで、自分で選んだ感覚を持ってもらえるんです。
反復で記憶を定着させる
「朝食後に一錠。朝食後に一錠。」と大事なポイントをリズミカルに繰り返す。これだけで記憶定着率が全然違う。僕はカルテに「3回反復済」とメモしておくことで、次回来局時にどこまで伝えていたかを思い出せるようにしています。
擬人化で親近感を作る
副作用の説明で怖がらせすぎるのも良くないので、「この薬が体の中で眠っている血圧センサーを優しく揺り起こす」と擬人化すると、不安が和らぎやすい。擬人化は子ども向けだけでなく、大人にも効果的な柔らかさを与えてくれます。
レトリック設計ワークシート
1. 相手の背景を書き出す
紙に「生活リズム・家族構成・仕事・趣味」と四つの欄を作り、聞き取れた情報を書き込む。空欄が多いときは質問が足りない証拠。ここを埋めることが、後工程のレトリック選びを楽にします。
2. 伝えたい結論を一行で表現
「この薬を朝のルーティンに組み込む」「塩分量を2g減らす」など一行で言語化。だらだら長いと自分の頭も混乱するので、強制的に短くするルールが大事です。
3. 使う技法を三つまで決める
メタファー・対比・反復などから最大三つ。僕はホワイトボードに「今日のレトリック」と題して当番薬剤師が技法を宣言する仕組みを作っています。やることを先に決めておくと、その場の思いつきに頼らずに済みます。
ケーススタディ:降圧薬の服薬指導
シチュエーション
60代のトラックドライバー。睡眠時間が不規則で、薬を飲み忘れがち。血圧が高いままなのに自覚症状がないから、本人は危機感薄め。
レトリック設計
- メタファー: 「血管は高速道路。渋滞が続くと事故率が上がる」
- 対比: 「薬を飲まない未来」vs「飲む未来」
- 反復: 「朝の始業点呼の前に飲む」を3回繰り返す
実際の会話
僕:「毎日40人・年間1万人以上と会話しているRyoです。トラックの整備、怠るとどうなります?」
患者さん:「そりゃ事故りますよ」
僕:「血管も同じで、高速道路みたいなもんです。渋滞が続くと突然パンク=脳出血につながる。でも朝の点呼前に一錠飲んでおけば、道路がスーッと空いて走りやすくなるんですよ」
患者さん:「なるほど…」
僕:「飲まないまま来月を迎えると、夏の繁忙期に倒れてしまう危険が高い。でも今日から点呼前ルールにすると、秋の連休も安心してハンドル握れます。朝の点呼前ですよ、点呼前。ここだけ守ってください」
こういう会話を繰り返した結果、次回来局時には「点呼前の一錠、続けてます」と笑顔で報告してくれました。レトリックが現実の行動変容につながった瞬間です。
チームでレトリックを共有する
共有ミーティングのすすめ
個人で技法を磨くだけでなく、チームでストックを共有する文化を作る。僕の店舗では閉店後10分のミーティングを設定し、各自がその日に使った表現を一つずつ紹介。良かったフレーズはLINEグループにメモして、誰でも再利用できるようにしています。これだけで全体の説得力が底上げされる。
フィードバックを遠慮しない
うまくいかなかった言い方も共有する。先日、僕が「心臓を休ませる」と説明したら、患者さんが「心臓が止まるの?」と勘違いした。そこで同僚が「ペースを整える」と言い換えるアイデアをくれた。失敗を晒す勇気が、チームの表現力を伸ばす鍵です。
レトリックと倫理のバランス
誇張しないラインを守る
説得したいからといって効果を盛りすぎるのはアウト。患者さんの信頼を一瞬で失う。必ず根拠となるデータやガイドラインを手元に置き、「言い過ぎてないか?」と自問する癖をつけましょう。
相手の自律性を尊重する
レトリックは人を操る技術ではなく、判断を助けるための支援技術。最終的に決めるのは相手自身だという前提を忘れたら、説得力ではなく押し売りになる。僕は最後に必ず「どう感じますか?」と相手の意志を確認します。ここをサボると、信頼関係が一気に崩れるので要注意です。
今日から試せるミニワーク
コンビニで観察する
買い物ついでに、店員さんがお客さんへどんな言葉を使っているか観察する。レトリックのヒントは日常にゴロゴロ転がってます。「温めますか?」より「寒いので温めましょうか?」と添えている人を見かけたら、それを自分の引き出しに入れておく。
通勤中にラジオを分析
ラジオパーソナリティは、限られた時間でリスナーの心を掴むプロ。比喩や間の取り方が洗練されているので、通勤中に聞きながらメモ。僕はスマホの音声入力で気づきを残しています。手間はかかるけど、日々の積み重ねが6000字分の説得力を作る。ほんと地味だけど、やる価値は高いです。
よくある質問と現場の答え
Q1. 比喩が思いつかないときは?
台本を作るのが一番早い。僕は「血圧=水圧」「血糖=ガソリン」「胃薬=防波堤」などテーマ別にストックを作成し、毎週アップデートしています。現場で閃かなくても、ストックを読み返すだけで瞬時に引き出せる。比喩リストはチームで共有しておくと、互いに学び合える。
Q2. 反論を先読みしすぎて話が長くなる…
先回りは三つまでと決める。副作用・費用・飲み忘れのように、影響が大きいものに絞る。それ以外は相手の反応が出たときに対応する。全部語ろうとすると冗長になって説得力が逆に下がるので、優先順位の明確化が鍵です。
Q3. チームで表現のレベル差が大きい
週次で「言い換え道場」を開催し、同じ伝え方を全員で磨く。新人には先輩の表現を真似するところから、ベテランは新人のフレッシュな例えを取り入れる。相互学習が起きるとレトリックが組織文化として育ちます。
未来志向のレトリック活用
デジタルツールとの連携
音声入力アプリで接客内容をメモし、後からAIに「もっと柔らかい表現」を提案してもらう実験も進めています。人間の体験とAIの言い換え候補を組み合わせると、表現の幅が一気に広がる。テクノロジーを味方につける姿勢も、これからのレトリック力です。
地域連携で表現を広げる
訪問看護師さんやケアマネと表現ストックを共有すると、患者さんがどの場面でも同じトーンで説明を受けられる。言葉の統一感が信頼を生みます。レトリックは薬局内だけで完結させず、地域ぐるみで磨いていく時代です。
レトリックは魔法じゃなく積み上げの技術。今日ひとつ表現を磨けば、明日の説得力がちょっと上がる。その繰り返しで6000字分の経験値が貯まります。焦らず、でも立ち止まらず、一歩ずつ一緒に進んでいきましょう。

