毎日40人・年間1万人以上と会話しているRyoです。薬局でいろいろな背景を持つ患者さんと接していると、悪気のない一言が相手の心を傷つける瞬間を何度も目にします。それが「マイクロアグレッション」。無意識の差別的言動がどれだけ信頼関係を揺さぶるか、現場での経験を交えてお話しします。
マイクロアグレッションに気づけなかった頃
新人時代の私は、患者さんの背景に興味があり過ぎて「ご出身はどちらですか?」「日本語お上手ですね」と立て続けに質問してしまう癖がありました。あるとき、アジア系の患者さんが無言で帰ってしまい、後日「見下された気がした」とクレームが。私は心底驚き、「褒めただけなのに」と落ち込みました。しかし先輩から「それはマイクロアグレッションだよ」と教わり、初めて自分の言葉が差別として受け取られることがあると知りました。
マイクロアグレッションとは
アメリカの精神科医チェスター・ピアースが提唱した概念で、日常的に交わされるさりげない言動の中に潜む差別的メッセージを指します。露骨な差別発言ではないため、発する側は自覚がありません。しかし受け取る側は「自分が異質だと扱われた」「実力を疑われた」と感じ、心に小さな傷が積み重なります。薬局のように短時間で信頼を築く場では、この小さな傷が致命的な不信につながるのです。
マイクロアグレッションの三類型を現場で考える
マイクロアサルト(意図的だが軽視されがちな攻撃)
稀に「その髪色、うちの薬局ではどうかと思うよ」とスタッフに言う患者さんがいます。本人は軽い冗談のつもりでも、特定の外見を否定する発言はマイクロアサルトに該当します。放置すると職場の心理的安全性が揺らぐため、私は即座にフォローし、「スタッフの個性を尊重しているのでご理解ください」と伝えます。
マイクロインサルト(無自覚な侮辱)
「女性なのにキャリア長いんですね」「外国人なのに医療用語詳しいですね」といった言葉は、称賛に聞こえても「本来その属性は能力が低い」と暗に示してしまいます。私自身、留学生の患者さんに「薬の説明、全部理解できています?」と確認し、表情が曇った瞬間に気づきました。以降、「説明のスピードや言葉遣い、調整できますので遠慮なく教えてください」とニーズにフォーカスした聞き方に変えています。
マイクロインバリデーション(経験の否定)
アレルギー症状を訴える患者さんに「気のせいでは?」と言ってしまったスタッフがいました。本人は励ますつもりだったのですが、患者さんは「症状を信じてもらえなかった」と涙目に。マイクロインバリデーションは、相手の現実を軽視する言動。私はその場で「つらい体験を信じてもらえないのは苦しいですよね」と共感を示し、症状を丁寧に聞き取ることで信頼を回復しました。
無意識の偏見が生まれるメカニズム
私たちは毎日膨大な情報にさらされ、脳はショートカットとしてステレオタイプを使います。忙しい時間帯ほど「高齢者は理解が遅い」「若者はスマホを見てばかり」などと決めつけやすい。マイクロアグレッションは、この無意識の思い込みが口をついて出た結果です。私は自分の偏見に気づくため、週に一度「今日、相手を属性で判断した瞬間はあったか」と日誌に書き出しています。恥ずかしい気づきも多いですが、可視化することで次の言動を変えられます。
マイクロアグレッションが引き起こす影響
1. 信頼の断絶
小さな言葉でも積み重なると、患者さんは「この薬局では自分は歓迎されていない」と感じます。信頼が切れた瞬間、重要な症状や服薬状況を共有してくれなくなり、医療の質が下がります。
2. メンタルヘルスの悪化
受け手は「気にしすぎかな」と自分を責めますが、心のダメージは確実に蓄積します。実際、海外の研究ではマイクロアグレッションを多く経験した人ほどストレスホルモンが高まると報告されています。
3. 職場の士気低下
スタッフ同士の会話にマイクロアグレッションが混ざると、安心して意見を言えなくなります。心理的安全性が崩れ、離職リスクが上がる。薬局のようにチームワークが命の現場では致命的です。
解決ステップ:無意識の言動を意識化する
ステップ1: トリガーワードを洗い出す
まず、自分やチームが無意識に使ってしまうフレーズをリスト化します。「〜の割に」「普通は」「どうせ」といった言葉は要注意。私はスタッフと一緒に過去のクレーム事例を振り返り、トリガーワードを共有しています。
ステップ2: 置き換えフレーズを準備する
トリガーワードが分かったら、代わりに使える肯定的な言葉を用意します。「日本語お上手ですね」の代わりに「理解しづらい部分があればサポートしますね」と言い換える。これだけで、相手の努力を否定せず、必要な支援も提案できます。
ステップ3: フィードバック文化をつくる
マイクロアグレッションは指摘されなければ気づけません。私はチームに「気になる言い方があったら、後でそっと教えて」とお願いしています。指摘されたらまず謝り、学び直す。恥ずかしさよりも、相手を傷つけないことを優先する姿勢が大切です。
現場でのエピソードから学ぶ
エピソード1: 何気ない雑談でのつまずき
常連の高校生に「今どきの子はスマホ依存でしょ」と笑いながら話したスタッフがいました。彼は黙ってうつむき、次回から来局しなくなりました。後日、保護者から「息子はスマホを使って学校の勉強をしている」と聞かされ、スタッフは青ざめました。それ以来、世代で括る言い方をやめ、個人の背景を尋ねてから話を広げるよう改善しました。
エピソード2: 服薬指導での思い込み
糖尿病の患者さんに「甘いもの好きなんですか?」と聞いたところ、「そう決めつけないでください」と強い口調で返されたことがあります。私はハッとし、「食生活で工夫されていることはありますか?」と聞き方を修正。そこから具体的な食習慣を聞き出し、適切なアドバイスにつなげられました。質問の角度を変えるだけで信頼が戻った瞬間です。
エピソード3: 多文化チームの研修
外国籍のスタッフが増えたタイミングで「日本ではこうするものだよ」と一方的に伝えてしまい、彼女が涙目になったことがあります。そこで緊急ミーティングを開き、「お互いの文化で大切にしている価値」を共有。マイクロアグレッションの例を挙げ合い、どう言い換えるかを話し合いました。研修後は「違いを面白がれるチームになった」と感じます。
対策を定着させるための仕組み
1. マイクロアグレッション日誌
スタッフ全員が「言ってしまった」「言われてモヤモヤした」言葉を匿名で書き込める日誌を用意しました。毎週ミーティングで読み返し、改善策を考える。恥ずかしい経験も共有することで、学びが組織に蓄積されます。
2. ロールプレイ+即時フィードバック
患者役とスタッフ役に分かれ、意図的にマイクロアグレッションが起きるシナリオを演じます。演習後すぐに「どの言葉が刺さったか」「どう言い換えるか」を議論。体感を伴うトレーニングは、座学よりもはるかに定着します。
3. KPIとして「尊重スコア」を導入
アンケートに「尊重されていると感じましたか?」という項目を追加。低い評価が出たら、どの会話で何が起きたか振り返ります。数値化すると、マイクロアグレッション対策が経営指標にもつながり、取り組みが継続しやすくなります。
自分の心を守るセルフケア
マイクロアグレッションに気づき続けることは、発する側にも受ける側にも消耗を伴います。私は週末にジャーナリングをし、「怒り」「悲しみ」「驚き」を言語化して心を整理しています。また、信頼できる同僚と感情を共有し、共感してもらうことで再び現場に立つ力が湧いてきます。
行動プラン:明日からできる三つのステップ
- 今日一日で気になった言葉を3つメモし、トリガーワードを分析する。
- 置き換えフレーズを1つ作り、明日の会話で必ず使ってみる。
- チームメイトに「私の言い方で気になったことがあれば教えて」と声をかける。
まとめ:小さな言葉から信頼は生まれる
マイクロアグレッションは、無意識のうちに相手の尊厳を傷つける厄介な存在です。しかし、気づき、言い換え、学び合う仕組みを整えれば、誰でも減らすことができます。薬局のカウンターから発する一言が、患者さんの一日を左右する。その重みを胸に、私も失敗を反省しながら日々言葉を磨いています。小さな言葉からこそ、信頼は生まれるのです。
さらに深く:感情に寄り添うリペア技法
STEP1: その場で感情を認める
マイクロアグレッションが起きた瞬間に沈黙が流れたら、「今の言い方で驚かせてしまいましたか?」と率直に聞きます。感情を否定せず受け止めることで、相手は安心して本音を話してくれます。
STEP2: 具体的に謝罪し、意図を明確にする
「差別する意図はなかった」と言うだけでは逆効果。私は「日本語が上手と伝えたかったが、努力を軽んじる言い方でした。申し訳ありません」と具体的に謝罪します。意図を説明しつつも責任を回避しない姿勢が大切です。
STEP3: 次の行動を約束する
「今後は理解度ではなくサポート方法を確認するようにします」と次の一手を宣言。約束を守ることで、信頼が徐々に戻ります。
学びを広げる情報源
- 異文化コミュニケーションのオンライン講座:具体的なマイクロアグレッション例が豊富で、現場で使える言い換えが学べます。
- 心理的安全性に関する書籍:チーム内のマイクロアグレッション対策を考えるヒントが満載。
- 当事者インタビュー動画:実際に被害を受けた人の声を聞くと、言葉の重みがリアルに伝わってきます。
現場導入のロードマップ
- 1週間分の会話ログを収集し、マイクロアグレッションの兆候を分析する。
- 分析結果を共有する勉強会を開き、トリガーワードと置き換えフレーズをチームで作成する。
- 月1回のフォローアップで効果を評価し、必要に応じてトレーニングを追加する。
予防のための日常習慣
- 朝礼で「今日も属性ではなく個人を見る」と宣言して意識づけを行う。
- カウンターに「相手のストーリーを聞く」と書いた小さなカードを貼り、視界に入るたびに偏見を手放す。
- 自分と似ていない人と積極的に雑談し、経験を共有して思い込みを揺さぶる。
被害を受けた側へのサポート
マイクロアグレッションを受けた人が孤立しないよう、私は必ずフォローの時間を設けます。「あの時の会話、どう感じましたか?」と丁寧に聞き、必要なら第三者の相談窓口につなぐ。被害者の感情を優先し、解決策も本人の希望に合わせるのが鉄則です。
チーム文化としてのゴール
究極的には、「マイクロアグレッションが起きても修復できる」「誰でも指摘できる」状態を目指します。完璧にゼロにするのは難しくても、起きたときに対話と学びにつなげられれば、組織は強くなります。薬局を訪れる多様な患者さんに安心してもらうためにも、チーム全員でこのゴールを共有しています。
最後に:言葉を磨く旅を続けよう
マイクロアグレッションは、一生付き合っていく課題かもしれません。それでも、気づいたらすぐにリペアし、学んだことを共有する。そんな地道なサイクルが、職場の空気を確実に変えていきます。私自身、今日もきっと失敗しますが、それを学びに変える覚悟だけは手放しません。一緒に言葉を磨く旅を続けていきましょう。
FAQ:現場でよく聞かれる質問
Q1. マイクロアグレッションを指摘したら逆ギレされませんか?
A. 可能性はゼロではありません。だからこそ、感情を落ち着かせたタイミングで「先ほどの言い方で少し驚きました」と自分の感情を主語にして伝えます。攻撃ではなく共有だと分かれば、対話の糸口が開きます。
Q2. 忙しいときに気をつける余裕がありません。
A. 余裕がないときほど定型フレーズが口をつきます。私は「確認させてください」「サポートできることはありますか?」といった安全な言葉を習慣化し、パニック時はそれだけを繰り返すようにしています。
Q3. どこまで配慮すべきか分からなくて疲れます。
A. 全部を背負う必要はありません。相手と対話しながら、双方が心地よいラインを探せばいい。完璧を目指すのではなく、毎回少しずつ改善する姿勢が大切です。
未来への視点
マイクロアグレッション対策は、単にクレームを減らすだけでなく、多様性を歓迎する職場文化をつくる投資です。多様な人材が安心して働ければ、サービスの質も高まり、患者さんの満足度も上がる。私はその未来を信じて、一つひとつの言葉を丁寧に選び続けます。

