毎日40人・年間1万人以上と会話しているRyoです。患者さんの前でうっかりキツい言い方をしてしまい、空気が凍った経験はありませんか? 僕は新人のころ、そんな失敗を何度もしました。そこから救ってくれたのが「言語的顔理論」。会話で相手の面子(フェイス)を守る力と、逆に脅かしてしまうリスクを分析する理論です。今日は、薬局のカウンターでも営業の現場でもすぐ使える形で、この理論を解説します。言葉の選び方ひとつで、信頼関係が激変する――そんな実感を一緒に味わってください。
言語的顔理論の基本を押さえる
フェイスとは何か
社会言語学者ブラウン&レヴィンソンが提唱したポライトネス理論では、フェイスを「他者から尊重されたい」という欲求と、「自由に行動したい」という欲求の二面性で捉えています。前者を「ポジティブ・フェイス」、後者を「ネガティブ・フェイス」と呼びます。言葉で相手のフェイスを守る行為を「フェイスワーク」といい、逆に脅かす行為を「フェイス・スレット」と呼びます。フェイスを守りながら伝えると、相手は安心し、こちらの提案も受け入れやすくなります。
日常で起きるフェイス攻防
薬局では、服薬指導の中で「飲み忘れが多いですね」と言えば、相手のポジティブ・フェイスを傷つけます。「忙しい中でも飲もうとしてくれてありがとうございます」と前置きすれば、守ることができます。営業でも、「このままでは導入が遅れますよ」とストレートに言うと、相手のネガティブ・フェイス(自由)を脅かします。「今の進め方で負担が大きくないか、一緒に調整しませんか?」と提案すれば、フェイスを守ったまま課題を共有できます。
読者の悩み: 注意が伝わるときと怒らせるときの差
「同じ内容なのに反発される」問題
僕自身、同じ注意喚起をしているのに、ある患者さんには素直に受け入れられ、別の患者さんには険しい表情をされることがありました。原因はフェイスへの配慮の有無。言語的顔理論を知ってからは、注意を伝える前に必ずフェイスを守る一言を添えるようになりました。
「遠回しに言いすぎて伝わらない」問題
一方で、フェイスを守ろうとするあまり、言葉をぼかしすぎて伝わらないこともあります。ここで必要なのは、守るだけでなく「脅かす必要がある場面」を見極め、丁寧に行う技術です。
原因解説: フェイスを脅かす3つの要因
1. 指示・命令が直球すぎる
「これをしなさい」といった直球の命令は、相手のネガティブ・フェイスを傷つけます。代わりに、提案形や選択肢を提示しましょう。「こう進めるのはいかがでしょう」「二つ選べますが、どちらが良さそうですか?」などが有効です。
2. 相手の努力を無視する
努力を認めずに課題だけを指摘すると、ポジティブ・フェイスが傷つきます。まずは良い点を評価し、その上で改善点を伝える「サンドイッチ法」が役立ちます。
3. 公の場で注意する
他者の前で注意されると、フェイスの損傷は倍増します。可能な限り、静かな場所で二人だけの対話に切り替えましょう。
解決手順: フェイスを守りながら伝える5ステップ
ステップ1: 相手のフェイス状態を観察
表情、姿勢、声色をチェックし、今どのフェイスが敏感になっているかを推測します。疲れた様子ならネガティブ・フェイス、成果を褒められたい表情ならポジティブ・フェイスが高ぶっています。
ステップ2: 共感・感謝でクッションを作る
「忙しい中来局してくださってありがとうございます」「いつも丁寧に飲んでくださって助かります」といった一言で、相手のポジティブ・フェイスを守ります。
ステップ3: 注意点を明確に伝える
フェイスを守ったうえで、必要な指摘は曖昧にせず言葉にします。「ただ、飲む時間がバラバラだと効き目が安定しないので、朝昼晩で揃えてみませんか?」といった形です。
ステップ4: 選択肢や理由を添える
選択肢を提示すると、ネガティブ・フェイスを尊重できます。「カレンダーシールとスマホアラーム、どちらが使いやすそうですか?」と聞くと、相手は自分で選べた感覚を得られます。
ステップ5: 未来の成功イメージで締める
「このペースで飲めたら症状が安定しますよ」「これで患者さんへの説明がもっと楽になりますよ」と、明るい未来を描いて締めると、フェイスが満たされた状態で会話を終えられます。
実践例: フェイスを守った現場の対話
ケース1: 飲み忘れが続く患者さん
常連の高齢男性が薬を飲み忘れがち。以前は「また飲み忘れですか」と言って険悪になっていました。言語的顔理論を学んでからは、「忙しい中でも薬局に足を運んでくださることにいつも感謝しています」と感謝を先に伝え、「ただ、血圧が上下すると体がしんどくなるので、朝昼晩の時間をそろえてみませんか?」と提案。さらに「奥さまと相談して、カレンダーに丸をつける方法はいかがでしょう」と選択肢を示すと、「それならできそうだ」と笑顔になりました。
ケース2: 後輩薬剤師へのフィードバック
調剤ミスのヒヤリハットが続いた後輩に指導するときも、フェイスを意識。「忙しい中で安全確認のメモを作ってくれて助かっているよ」と評価し、「ただ、投与量のダブルチェックだけは抜けていたから、一緒にシートを見直そう」と改善点を伝えました。最後に「これが習慣になれば患者さんも僕たちも安心できるよ」と未来を描くと、後輩は前向きに取り組んでくれました。
ケース3: 医師への提案
医師に処方変更を提案する場面。ストレートに「この処方では副作用が出ます」と言うと角が立つので、「先生が患者さんの痛みを抑えたいと思ってくださっていることが伝わっています」とポジティブ・フェイスを守り、「ただ、腎機能が落ちているので、量を調整すると患者さんの負担を減らせそうです。どう進めるのがベストでしょうか?」と相談型で提案しました。医師は「じゃあこの量で様子を見よう」と受け入れてくれました。
注意点: フェイスケアの落とし穴
過剰なへりくだり
フェイスを守ろうとするあまり、過剰にへりくだると逆に信頼を失います。対等な立場で尊重する姿勢が大切です。「お役に立てることがあれば」と前向きに言い換えましょう。
フェイスばかり気にして本質を忘れる
フェイス配慮ばかりで肝心な注意がぼやけると、本末転倒です。守ることと伝えることのバランスを常に意識しましょう。
文化差に注意
フェイス感覚は文化によって違います。例えば、関西圏では軽いツッコミがむしろ距離を縮めますが、関東ではストレートに受け止められやすい。相手のバックグラウンドをリサーチしておくと安心です。
深掘り: フェイスを守る表現集
ポジティブ・フェイスを支える言い回し
- 「いつも丁寧に伝えてくださって助かります」
- 「その工夫、すごく参考になります」
- 「忙しい中でも続けている姿勢が素敵です」
ネガティブ・フェイスを尊重する言い回し
- 「もしよければ、こちらの方法も検討してみませんか?」
- 「可能な範囲で構いませんが、次回までに確認いただけますか?」
- 「ご負担にならないよう、こちらで準備しておきますね」
フェイス・スレットを和らげるクッション
- 「率直にお伝えしても大丈夫でしょうか?」
- 「少し耳の痛い話かもしれませんが、安全のために共有させてください」
- 「改善のヒントが見つかったので、ご相談させてください」
読者の質問に回答
Q1: フェイスを守る一言が思いつかない
日常の会話で使っている「ありがとう」「助かります」をストックしておくと便利です。僕はメモアプリに「フェイス守りフレーズ」を50個ほど登録し、困ったときに見返しています。
Q2: 指摘が強すぎると言われた
指摘の前に「背景」「感謝」「目的」の三要素を順に伝えてみてください。「忙しい中で○○をしてくれて助かっています。ただ、安全のために一点共有させてください。みんなでリスクを減らしたいんです」と言うだけで印象が柔らかくなります。
Q3: SNSやメールでもフェイスは関係ある?
文字のやりとりでもフェイスは重要です。「お忙しいところ恐れ入ります」といったクッションを入れるだけで印象が変わります。句読点や改行で読みやすくすることも、相手のフェイスを尊重する行為です。
エピソード: フェイスを守って救った患者さんの信頼
ある日、糖尿病の患者さんが血糖値の上昇に落ち込んで来局しました。以前なら「運動不足ですか?」と聞いてしまったかもしれません。今回は「日々のお仕事で体力を使っているのに、通ってくださってありがとうございます」と感謝を伝え、「数値が上がっているのは体のサインです。一緒にできる工夫を探しませんか?」と誘いました。すると患者さんは「話してよかった」と涙ぐみ、週1回の相談に来てくれるようになりました。フェイスを守る言葉が、長期的な信頼を生んだ瞬間です。
まとめ: フェイスを意識すると会話が変わる
言語的顔理論は、相手の面子を守りつつ必要なメッセージを伝えるための羅針盤です。ポジティブ・フェイスとネガティブ・フェイスを見極め、クッション言葉で守り、選択肢で尊重し、未来の成功を描く。この流れを習慣にすれば、注意や提案が驚くほど受け入れられやすくなります。明日からの会話で「この一言はフェイスを守れているか?」と自問しながら話してみてください。きっと相手の目が柔らかくなり、関係性が深まるはずです。

