毎日40人・年間1万人以上と会話しているRyoです。薬局のカウンターで患者さんと話していると、ただ症状を説明するだけじゃ心は晴れないんだなと痛感します。そこで役立つのが「ナラティブ・セラピー」。物語を語り直すことで、自分の人生を別の角度から見られるようになる心理支援の手法です。今日は、医療の現場でも使えるナラティブのコツを丸ごとお伝えします。
ナラティブ・セラピーって何?
ナラティブ・セラピーは、オーストラリアのマイケル・ホワイトとデイビッド・エプストンが提唱した心理療法。人は自分の経験を物語として語り、その物語によって自己像や行動が形づくられるという考え方がベースです。
物語が心を縛るメカニズム
人はつい「私はダメだ」「また失敗した」といったネガティブな物語に囚われがち。薬局でも「薬を飲み忘れる私は意志が弱い」と責める患者さんが多い。物語が固定化されると、新しい行動を起こす力が削がれてしまいます。
ナラティブ・セラピーの基本ステップ
- 問題を切り離して眺める(問題の外在化)
- 過去の例外的な成功を探す(ユニーク・アウトカム)
- 望ましい物語を再構築する(再著述)
この流れで、自己批判のループから抜け出し、新しいストーリーを紡いでいきます。
薬局でナラティブを活かす理由
心の整理が行動変容を後押しする
服薬指導をしていて痛感するのが、行動を変えるにはまず気持ちを整えること。「飲み忘れが続いて自分にがっかりしている」と語る患者さんに、「一度も忘れなかった週はありましたか?」と聞くと、「そういえば先月は毎日飲めた日があった」と思い出してくれたりする。これがユニーク・アウトカムです。
医療者にも効くセルフケア
ナラティブは患者さんだけでなく、支える側にも効きます。忙しい日が続くと「自分の対応は雑になっていないか」と不安が頭をよぎる。そんな時、1日の終わりに「今日一番丁寧に向き合えた会話はどれだったか」を振り返ると、「意外と頑張ってるじゃん」と自分を許せるようになります。
ナラティブ・セラピーの実践ステップ
ステップ1: 問題を名前で呼ぶ
患者さんの抱える問題を、本人と切り離して扱います。「飲み忘れ魔」「怒りの波」「疲労モンスター」など、ちょっとユーモラスな名前をつけると効果的。問題を擬人化すると、本人の人格と問題の行動が分離し、戦いやすくなるんです。
ステップ2: 例外を探す質問
ユニーク・アウトカムを探す質問例を紹介します。
- 問題が姿を見せなかった日はいつですか?
- 誰かが助けてくれた瞬間はありましたか?
- 自分のどんな工夫がうまく働きましたか?
質問を投げると、患者さんの表情が少しずつ柔らかくなるのがわかります。「あの時だけはうまくいったな」という記憶が、再び物語の主役になる瞬間です。
ステップ3: 新しい物語の種を見つける
例外的な成功をもとに、望ましい物語を組み立てます。「私は怠け者だ」から「私は忙しくても工夫できる人だ」へ。患者さん自身の言葉で表現してもらうことが大切です。
ステップ4: 未来の場面を一緒に描く
再著述した物語を、未来の具体的な場面に落とし込みます。「次に飲み忘れそうになったら、どんな自分でいたいですか?」と問いかけると、「スマホのアラームが鳴ったら席を立つ私」といったイメージが返ってくる。これが行動の設計図になります。
ナラティブ・セラピーを支えるコミュニケーション技術
1. リフレクティングリスニング
患者さんの言葉をそのまま反射するのではなく、感情や意図を汲んで言い換える。「飲み忘れちゃうから自己嫌悪です」と言われたら、「ちゃんと管理したいのに思うようにいかなくて悔しいんですね」と返す。これで「理解されている」という安心感が生まれます。
2. 外在化の比喩
問題を外在化するときは比喩が便利。「その怒りの波は、どんな天気に似ていますか?」「疲労モンスターは、どんなタイミングで現れますか?」と質問すると、患者さん自身の言葉で問題の姿が描かれます。
3. 価値観を照らす質問
ナラティブは価値観があってこそ成り立ちます。「本当はどうありたいですか?」「誰にどんな姿を見せたいですか?」と尋ねると、患者さんの大切にしたい価値が浮かび上がり、物語の方向性が定まります。
ナラティブ・セラピーの現場エピソード
エピソード1: 夜勤看護師さんの睡眠ストーリー
夜勤続きで睡眠リズムが崩れ、体調を崩しかけていた看護師さん。彼女は「私は夜になると眠れない体質なんです」と諦めモード。そこで「眠れた日は一度もなかったですか?」と聞くと、「夜勤明けに仮眠を取った日はぐっすり眠れた」とのこと。そこから「仮眠を取れる段取りを作る私」という新しい物語が生まれ、睡眠日記が続くようになりました。
エピソード2: 服薬嫌いな高校生
喘息の吸入薬を嫌がる高校生がいて、「薬を使う自分は弱い」と語っていました。私は「薬のおかげでできたことは?」と聞くと、「試合で全力疾走できた」と言ってくれた。そこで「薬は弱さの象徴」ではなく「挑戦を支える相棒」という物語に書き換えられ、使い忘れが激減しました。
エピソード3: 家族介護で疲弊した娘さん
母親を介護している娘さんが、「私はもっと優しい娘であるべきなのに」と涙を浮かべていました。「優しさってどんな行動のときに出ていますか?」と聞くと、「母の好物を探すために遠回りした」話を教えてくれた。そこから「不器用でも愛を届けている娘」という物語が立ち上がり、介護の時間を少し誇らしく感じられたそうです。
ナラティブを支える記録術
日記で物語を見える化
患者さんには「今日の私の物語」というタイトルで日記を提案しています。事実だけでなく、その時に感じた感情や意味づけも書いてもらう。後から読み返すと、気持ちの揺れがストーリーとして見えてきます。
ポジティブ証拠のスクラップ
ユニーク・アウトカムを書き留める専用ノートを用意すると、自分の強みが蓄積されます。「今日は薬を時間通りに飲めた」「上司に感謝を伝えられた」など、小さな証拠が自信の土台に。
共有ジャーナル
家族やチームでノートを回して、互いの物語を交換するのも効果的。「おばあちゃんが散歩できた」「スタッフ全員でクレームを乗り越えた」など、共有された成功体験が次の物語を支えます。
ナラティブ・セラピーのメリットと注意点
メリット
- 自己否定のループから抜け出せる
- 行動のモチベーションが自然に湧き上がる
- 価値観に沿った意思決定ができる
注意点
- 現実逃避に使わない(事実の確認は必須)
- 患者さんのペースを尊重する(急ぎすぎない)
- 専門的な問題がある場合は心理士や医師と連携する
物語を支える言葉選び
1. 「まだ」を添える
「できない」の後ろに「まだ」を足すだけで、物語の行き止まり感が消えます。「まだ慣れていないだけ」と伝えると、未来の可能性が開けます。
2. 過去形ではなく進行形
「頑張ったね」だけでなく「頑張っているね」と進行形で声をかける。現在進行中の物語を支えることで、継続する力が湧きます。
3. 第三者の視点を持ち込む
「もし親友が今のあなたを見たらなんて言うでしょう?」と聞くと、自分では気づけない肯定的な言葉が浮かびます。物語に新しい語り手を招くイメージです。
ナラティブ・セラピーを取り入れたルーティン
朝: ミニストーリーで一日を始める
出勤前に「今日の物語のタイトル」を1行書きます。例えば「患者さんの不安を一緒にほどく日」。これだけで頭がストーリー志向になります。
昼: 例外のメモ
午前中にあった「嬉しい一言」や「予想外にうまくいった瞬間」をメモ。忙しい日ほど例外を拾う意識が大切です。
夜: 物語の主人公を労う
寝る前に「今日の主人公(自分)はどんな選択をしたか」を振り返り、よく頑張ったポイントを声に出して褒める。自己肯定感の回復に効きます。
チームでナラティブを活かす方法
ストーリー共有ミーティング
週に一度、スタッフ同士で「心が動いた会話」を持ち寄る時間を作っています。誰かの成功ストーリーは、別の誰かの勇気の種になるんです。
物語カードを作る
現場で使える質問カードをチームで作成。「今日の自分にタイトルをつけるなら?」「問題はどんな姿をしていた?」など、ナラティブを引き出すカードを共有すれば、誰でも同じ質の質問ができるようになります。
感謝のポスト
休憩室に「ありがとうポスト」を置き、互いの良かった行動をメモで伝え合う。集まったメモは月末に読み上げ、みんなの物語を称え合います。
ナラティブを始める前に整えたい土台
物語を語り合う準備ができていないと、どれだけ質問しても深い話にたどり着けません。
安心できる場づくり
- プライバシーを守れる場所で話す
- 会話の最初に「ここで話したことは他に漏らしません」と伝える
- メモを取るときは理由を説明し、相手の許可を得る
聞き手の姿勢チェック
- 自分の価値観を押し付けない準備ができているか
- 解決策を急いで押し付けていないか
- 感情的に揺さぶられたときのセルフケア方法を持っているか
物語の素材を集めるツール
私は「生活リズムシート」「感情温度計」「行動ログ」を患者さんと共有しています。これらがあると、物語の細部が思い出しやすくなり、対話が深まります。
ナラティブ・セラピーの落とし穴と回避策
落とし穴1: 物語が暗い方向に固定される
悲しい出来事を丁寧に聞くことは大切ですが、そこに留まってしまうと消耗します。「その出来事の中で、小さな光はありましたか?」と質問して、ユニーク・アウトカムを探す癖をつけましょう。
落とし穴2: 聞き手が主役になってしまう
「こうした方がいいですよ」と助言を並べると、語り手の物語が薄くなります。私は助言を求められたときでも「あなたならどうしたいですか?」と返し、物語の主導権を渡すようにしています。
落とし穴3: 物語を急かしすぎる
沈黙が怖くてつい質問を重ねがち。でも沈黙の時間こそ、相手が記憶や感情を探っている大事な時間。呼吸を合わせて待つ勇気が必要です。
ナラティブ実践のチェックリスト
- 今日の会話で問題を外在化する言葉を使えたか
- ユニーク・アウトカムを少なくとも1つ拾えたか
- 望ましい物語を相手の言葉でまとめられたか
- 未来の具体的な場面を一緒に描けたか
- 会話後に自分の感情をセルフケアできたか
- 次回につながる宿題や問いを渡せたか
チェックすることで、自分のナラティブ対応が磨かれていきます。
物語を深める追加テクニック
タイムラインで振り返る
紙に横軸のラインを描き、過去・現在・未来のポイントを書き出します。重要な出来事と感情を並べると、物語の起伏が見えてきます。私は患者さんと一緒にタイムラインを描きながら、「ここで頑張った自分をどう語りたいですか?」と聞くようにしています。
証人を招く
ナラティブ・セラピーでは「外部の証人」を招く手法もあります。私は時々、患者さんが信頼する家族や友人に同席してもらい、「この人の良いところを3つ教えてください」とお願いする。第三者の視点が物語に厚みを出します。
レターを書く
セッション後に、患者さんの新しい物語を文章にまとめて手紙として渡すことがあります。「〇〇さんは〇月〇日に〇〇を達成しましたね」と具体的に書くと、本人が読み返せる証拠になります。
学びを深めるリソース
書籍
- 『物語としてのケア』: 医療現場でのナラティブ活用事例が豊富
- 『ナラティブ・セラピー入門』: 基本概念と質問例が整理されている
ワークショップ
地域の医療者向け勉強会やオンライン講座で、ロールプレイ付きの研修を受けると感覚がつかみやすいです。私は年に1度は参加して、質問の引き出しを更新しています。
日常での練習法
通勤中に自分の物語を録音してみる、友人との雑談で「今日のタイトルは?」と聞いてみるなど、小さな練習を積むと本番で自然に質問が出てくるようになります。
ナラティブ・セラピーQ&A
Q1: 物語を掘り下げる時間が取れない
短い会話でも「どんな一日でしたか?」と尋ねれば物語の入口が見つかります。1分でもいいから、相手の言葉を丁寧に拾う姿勢を持つことが重要です。
Q2: 悲しい話を聞くと自分がしんどくなる
聞き手の物語もケアが必要です。「今日は重たいストーリーだったけれど、私は最後まで寄り添えた」という自分自身のナラティブを書き残す。これが共感疲労を防ぎます。
Q3: 事実と違う物語が語られたら?
否定するのではなく、「その物語を支えている事実は何でしょう?」と問いかける。事実確認を一緒に行うことで、現実と物語のバランスが整います。
まとめ
ナラティブ・セラピーは、特別なカウンセリングルームだけの技術ではありません。日々の会話の中で、物語を聞き、言葉を添えるだけけで、人は自分を違う角度から見られるようになります。薬局でも職場でも家庭でも、今日から「相手が語りたい物語は何か?」と耳を澄ませてみましょう。きっと小さなストーリーの積み重ねが、大きな変化を呼び込んでくれます。

