ナラティブ同一性と自己像形成

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毎日40人・年間1万人以上と会話しているRyoです。気づけば患者さんとの会話が人生相談になる日も多くて、薬の話から離れても「誰かの物語を聴くこと」が仕事だと感じます。ただし、忙しい現場ではゆっくり語りを紡ぐ時間なんてない。だからこそナラティブ同一性の扱い方を知っておくと、短時間でも相手の自己像を支えられます。

この記事では、物語がどう自己イメージを組み立て、会話の場でどんな力を発揮するのかを、薬局と在宅訪問での経験を交えつつ掘り下げます。目まぐるしい現場でも実践できるコツを、ズバッとまとめておきます。

目次

患者さんの語りが変わる瞬間

不安が語りを塗り替える

抗がん剤治療を始める患者さんは、初回カウンセリングでよく「私は弱いから副作用に耐えられない」と話します。薬学的には体力や血液データを元に説明できますが、本人が持つ物語が「弱さ」で固まっていると、どんな情報も不安フィルターで歪みます。

ほんの一言で別の物語が芽生える

別の患者さんは「私は昔からしぶといから」と自分の過去を語り、治療を自分の物語に組み込めました。ここで気づいたのは、同じ治療でも語りの組み立て方で自己像が全く変わるということ。ナラティブ同一性は、個人が自分の経験をストーリーにまとめ、自己像を維持する仕組みです。

ナラティブ同一性とは

物語でつながる自分史

人は過去・現在・未来の出来事をストーリーで編み、そこに主人公である自分を位置づけます。これがナラティブ同一性。心理学者マクアダムスの理論でも有名ですが、現場で感じるのはもっとシンプル。「私ってこういう人」という言葉が、日々の小さな出来事からつくられているという事実です。

会話が補強材になる

誰かに話を聴いてもらうたびに、物語は修正されます。薬局のカウンターで私が「ここまで頑張ってこられたんですね」と返すと、患者さんは自分の努力を再確認し、「だから今回も乗り越えられるかも」と新しい章を書き始める。会話は自己像の補強材なのです。

ナラティブ同一性が崩れるとき

予期せぬ出来事で物語が破断

急な病気、職場の異動、家族の介護。想定外の出来事は、それまでの物語の筋を断ち切ります。私は新薬の副作用で仕事を辞めざるを得なかった患者さんが、「これで人生が空白になった」と涙を流すのを見ました。物語が破断すると、自己像がどこにも根を張れなくなるのです。

周囲の一言が追い打ちをかける

「まだ若いのに」「気持ちの持ちようだよ」といった言葉は善意でも刃になります。相手の物語に勝手に別の章を挿入することになるからです。私自身、忙しさに負けて「すぐ慣れますよ」と言い放ってしまい、後で患者さんの信頼を失いました。ナラティブ同一性は繊細で、乱暴に触れると崩れます。

会話で物語を支える実践ステップ

ステップ1: ターニングポイントを探る

「いつ頃からそう感じていますか?」と尋ねると、相手は自分の物語の節目を語り出します。私は血圧の薬を嫌がる男性にこの質問を投げかけ、「父が倒れたときに何もできなかったから医療が怖い」と本音を引き出せました。節目を聴くことで、物語を一緒に読み直せます。

ステップ2: 主人公の強みを言葉にする

語られた物語の中から、相手が乗り越えてきた出来事を拾い、「そのときもちゃんと向き合われましたよね」と返す。これだけで物語に強みの章が追加されます。私は緩和ケアの面談で、患者さんが「家族に迷惑をかけてばかり」と言ったときに「でもお母さん、いつも家族の予定を先に聞いて調整してましたよね」と伝えました。涙を浮かべながら「そういえばそうだね」と笑顔が戻った瞬間、物語が再構成されたのを感じました。

ステップ3: 未来の一場面を一緒に描く

「治療が落ち着いたら、どんな日常に戻りたいですか?」と聞くと、未来の章が具体化します。未来の場面を言語化することで、今の困難が物語の途中に位置づけられる。これが自己像の回復につながります。

忙しい現場でのショートカット術

三段構えの質問

私は時間がないとき、以下の質問をセットで使います。

  1. いつから?(過去)
  2. どんなときに強く感じる?(現在)
  3. 落ち着いたら何をしたい?(未来)

これだけで過去・現在・未来をざっくり回収でき、相手のナラティブを編み直す手がかりが見えてきます。

メモは「引用」で残す

記録を取る際は、「患者さん『○○』」と引用符で書き残します。自分の解釈を挟まないようにすることで、次に会話するときにも物語の原文を再現できます。スタッフ間の申し送りでも、このメモがあるだけで患者さんの自己像を壊さずに済むのです。

「まだ途中だね」と共有する

自己像が揺らいでいる人には、「これはまだ途中の章ですね。一緒に続きを書いていきましょう」と伝えます。物語が終わっていないと確認できるだけで、相手の表情が緩みます。私のほうも、「完璧な答えを出さなきゃ」というプレッシャーが減り、会話にゆとりが生まれます。

在宅訪問での実践例

長年の介護を担う娘さん

在宅で母親を看取る準備をしている娘さんは、「私は何もできていない」と自分を責めていました。訪問のたびに「今日もダメでした」と繰り返すので、私は改めて話を聴き直しました。「お母さんの世話を始めたのはいつから?」と聞くと、「父が亡くなった7年前」と答えが返る。そこから「その間、どんな日々でした?」と掘り下げると、娘さんは泣きながらも細かなエピソードを語ってくれました。

私はその都度「夜中の対応、本当に大変でしたよね」「仕事と介護を両立させていたのは簡単じゃなかった」と具体的に返し、彼女の物語に努力の章を挿入。最後に「お母さんと穏やかにお茶を飲む日がまた来るとしたら、どんな会話をしたいですか?」と未来を描いてもらいました。その瞬間、「私、ちゃんとやってきたんですね」と微笑み、自己像が再接続されたのを感じました。

入院中の少年との対話

小児病棟で服薬指導をしたとき、10代の少年が「俺は病気のせいで将来が終わった」と投げやりになっていました。私はゲームの話題から入り、「これまでで一番頑張ったクエストって何?」と聞くと、少年は闘病の合間に頑張った部活動の話をしてくれた。そこで「そのときの粘り強さが今の治療にも活きてるね」と伝え、未来に「退院したら何がしたい?」と質問。少年は「友達とまた部活やりたい」と語り、笑顔が戻りました。ナラティブ同一性が回復する瞬間に立ち会えた場面です。

スタッフ同士の連携にも効く

物語を共有すると支援が揃う

患者さんのストーリーをチームで共有すると、支援の方向性が揃います。私はカンファレンスで「本人は『家族を守る父親でいたい』と語っていました」と伝えるようにしています。すると看護師さんも「じゃあ在宅でもできる役割を作ろう」と提案し、リハビリスタッフも「家でできるトレーニングを組みます」と動き出す。物語はチームの羅針盤です。

物語がズレたときの調整

もし医師が「治療優先」と語り、患者さんが「家族との時間優先」と語っていたら、ナラティブのズレが生まれます。私はその際、「患者さんはこういう未来像を持っていますが、治療計画とどう整合させましょうか?」と問いを投げ、物語を調整する場を作ります。対立を避けるだけでなく、患者さんの自己像を守るための大事な役割です。

まとめ: 物語を聴き、共に書き換える

ナラティブ同一性は、誰かが自分をどう語るか、その語りが生活をどう支えるかに直結します。忙しい現場でも、過去・現在・未来を聞き、強みを言葉にして、未来のワンシーンを描くだけで、物語は優しく編み直される。私たち医療者や接客業の人間は、ただの情報提供者ではなく、相手の物語の編集者でもあるのです。

今日もバタバタで疲労困憊ですが、物語を聴くたびに「人ってすごいな」と心が震えます。あなたも現場でぜひ、相手の語りに耳を傾け、その人らしい自己像が息を吹き返す瞬間を見届けてみてください。しんどいけど、マジでやりがいあります。

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この記事を書いた人

現役薬剤師として、人と向き合う仕事を続けてきました。
患者さんとの何気ない会話の中に、信頼や安心が生まれる瞬間がある――そんな「伝え方」の力に魅せられて、このブログをはじめました。

いまは医療の現場を離れ、**「伝える力」「聴く力」**をテーマに、日常や職場、家族の中で使えるコミュニケーションのヒントを発信しています。

心理学や会話術、言葉選びの工夫など、明日から使える内容を中心に。
読んだ人の人間関係が少しでもやわらかくなるような記事を目指しています。

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