エスノグラフィーで会話を読む

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毎日40人・年間1万人以上と会話しているRyoです。
正直、最初にエスノグラフィーを知ったとき「現場の観察なんて当たり前だろ」と思っていました。
でも薬局のカウンターで患者さんと向き合ううちに、この研究法が会話のズレをほどく強力なレンズになると痛感したんです。

目次

現場で起きるモヤモヤはどこから来るのか

患者との会話がかみ合わない理由

「あの薬、なんで今日だけジェネリックじゃないの?」と詰め寄られ、答えたはずなのに納得されない。こんなやり取り、週に何度も起きます。私も昔は個別の説明の仕方が悪いんだと落ち込んでいました。でもエスノグラフィーを学ぶと、患者さんが薬局に来るまでの生活の流れや、地域で交わされる噂話が影響していると気づきます。つまりカウンターに立った瞬間だけを切り取っても原因は見えないのです。

観察不足が招くすれ違い

ある日、常連の高齢女性がいつもよりピリピリしていて、私は「待ち時間が長かったせいだ」と決めつけました。しかし後日、彼女のご近所で病院の待合室が改装され、座る位置で患者同士の力関係が変わったと知りました。「あそこで前に座る人は強い」と地域で語られていたそうです。私はその会話文化を知らなかったせいで、彼女の苛立ちの根っこを理解できませんでした。エスノグラフィーは、こうした背景の文化的ルールを掘り当てる作業です。

エスノグラフィーってそもそも何?

定義と特徴をざっくり理解

エスノグラフィーは、社会人類学で発展した「現地で暮らし、観察と対話を通じて文化を記述する」研究法です。現場に長く滞在し、会話のタイミング、沈黙の長さ、視線のやり取りまで丹念に記録します。薬局や営業現場で応用するなら、患者さんやお客様がどんな言葉で不安を表現するか、誰の一言で安心するのかを細かく拾い上げることが肝です。

なぜ会話の研究に効くのか

エスノグラフィーが強いのは、「発言内容」と同じくらい「環境」「身体」「歴史」を重視する点です。例えば調剤室のドアが閉まる音で患者さんの姿勢が変わるなら、その音が信頼度に影響している証拠。私はこの視点で観察を続け、ドアの開閉を静かな引き戸に変えてもらいました。結果、待合室でのクレームが激減したんです。エスノグラフィーは会話の裏側に潜む文化的トリガーを拾い出してくれます。

現場でできるエスノグラフィーの進め方

ステップ1: 入り口は「いつも通り」を記録

最初は特別なことをしません。患者さんが薬局に入る前後でどんな表情になるか、誰と話しているか、雑談の切り出し方をノートに書き出します。私は朝の30分を観察に充て、同僚の呼び込みの言葉や椅子の座り順まで記録しました。まるで連続ドラマの脚本を描くように、時系列でイベントを追うのがコツです。

ステップ2: キーパーソンに半歩踏み込む聞き方

観察だけでは想像の域を出ません。そこで「どうして今日は疲れて見えるんです?」とストレートに聞くのではなく、「最近病院の待ち時間ってどうです?」と広めの質問を投げます。相手が話しやすい話題から入ると、地域で共有されているルールがぽろっとこぼれます。私の場合、「薬の袋を見せるのは恥ずかしい」と言う患者さんの一言から、袋のデザイン改善プロジェクトが始まりました。

ステップ3: 仮説を小さく試して反応を見る

エスノグラフィーは観察と仮説検証のループ。得られた気づきを現場で少しだけ変化させてみましょう。私は待合室の掲示板に「地域の雑談テーマ」を書き出し、スタッフ同士で共有しました。すると患者さんが話題を振られたときの反応が柔らかくなり、処方変更の説明もスムーズに通るようになったんです。変化を起こしたら再び観察し、どんな言葉が増えたかを記録します。

エピソードで学ぶ文化の読み解き

職場全体で共有した「朝の沈黙」

ある月曜日、開店直後の待合室に妙な沈黙が流れていました。スタッフの一人が「今日は雨だから気分が重いね」と笑いに変えようとしたのに、誰も反応しない。私はエスノグラフィーの視点で「雨の日の患者さんはどんな準備をしてくるのか」を観察しました。すると傘立ての位置が入口を狭めており、濡れたまま入店した患者さんが遠慮がちに立ち尽くしていたんです。傘を置けず、会話を始める余裕がなかったんですね。傘立てを移動し、タオルを用意しただけで沈黙は消え、朝の挨拶が自然に飛び交うようになりました。

若手スタッフの言葉遣いが変わったきっかけ

若手が患者さんに敬語を崩して話してしまう問題がありました。注意しても改善しないので観察を続けると、彼らは昼休みにドラマのセリフを真似して遊んでいたんです。そのドラマでは距離を縮めるために砕けた言葉を使う設定。彼らにとっての「親しみやすさ」はそのテンションでした。そこで「実習生の頃に先輩からもらった声かけ例」を共有する場を設け、ドラマの代わりに現場の成功例をストックしていったら、敬語が自然と戻りました。文化の源泉を理解しないと、表面の言葉だけ正しても効果が薄いと実感しました。

観察を続けるための工夫

体力を削らないメモ術

6000文字のレポートを書く必要はありません。私は「時間」「場所」「会話の温度」の3列メモを活用しています。例えば「10:15 待合室 真ん中の席 温度=冷たい(目を合わせず会釈だけ)」といった具合。忙しい現場でも10秒あれば書けるフォーマットです。

チームで回す観察リレー

一人で観察し続けると偏ります。週替わりで担当者を変え、同じフォーマットで記録してもらうと視点が広がります。以前、先輩薬剤師が「待ち時間に読み物を渡すと会話が途切れる」と指摘し、私は「逆に読み終えたあとに話が弾んでいる」と気づきました。二つの記録を突き合わせることで、「読み物を渡すタイミング」を見直すきっかけになりました。

エスノグラフィーの注意点

盗み聞きにならないよう透明性を確保

観察していることをスタッフ同士で共有し、患者さんにも「待合室の改善のために様子を見ています」と掲示するなど、安心感を保ちましょう。私は観察ノートを休憩室に置き、誰でも閲覧できるようにしています。

事実と解釈を分ける

「患者さんは怒っている」と書くと、主観が入りすぎます。「声のボリュームが大きくなり、眉間にしわが寄っていた」と具体的に記述するクセをつけましょう。これが後でチームに共有するときに説得力を生みます。

まとめ: 会話の文化を味方にする

エスノグラフィーは特別な研究者だけの道具ではありません。現場に身を置く私たちが、会話の裏に流れる文化を丁寧に観察し、小さな改善につなげるための実践知です。忙しい日々でも、1日10分の観察と短い振り返りを習慣化するだけで、患者さんとの信頼関係が目に見えて変わります。私もまだ試行錯誤中ですが、文化を読む目が養われるほど、会話が驚くほど滑らかになっていきます。今日のカウンターでも、さっそく周りの会話を少し引いて眺めてみませんか?

データと感情をつなぐリフレクション

観察記録は放っておくとただのメモ帳です。私は週末に15分だけ時間を作り、「今週の会話にあった嬉しい瞬間」「モヤっとした瞬間」を振り返り、記録の該当箇所にマーカーを引きます。例えば「ジェネリックが嫌だと言われた」記録の横に、「背景=職場での噂、感情=不安」と付箋を貼る。感情語を添えることで、文化的ルールが感情を通して現れるのが見えてきます。これが翌週の仮説づくりに役立ちます。

言語化しにくい気配を捉えるセンサー

患者さんの声の高さ、椅子のきしみ、調剤室で鳴るプリンター音。五感で拾った情報を「気配センサー」と呼んでノートにまとめています。気配が変わったタイミングを突き止めると、会話の歯車が噛み合う瞬間を再現しやすいんです。あるときは、新しい受付スタッフの声が通らなくて呼び出しが聞こえないと判明。声量トレーニングをしたら、患者さんが呼ばれたときの返事が明るくなり、会話の立ち上がりが格段に良くなりました。

現場に浸かるからこそ得られる変化

数字にも現れるコミュニケーション改善

観察を続けて3か月、薬の説明後に「わかった」と言ってくれる患者さんの割合がスタッフアンケートで72%から88%に跳ね上がりました。理由は、エスノグラフィーで得た文化的背景を共有したから。たとえば「地域で処方箋を先に出した人が偉い」という暗黙ルールを把握してからは、受付で順番を可視化するカードを導入し、余計な競争心を抑えました。その結果、説明中に焦らせる会話が減少。数字で見ると、観察に割いた時間が無駄じゃないとチーム全体が納得します。

現場の空気を変える言葉の棚卸し

私は月に一度、スタッフ全員から「今月よく使った言葉」を集め、ホワイトボードに貼り付けています。すると「お待たせしました」が「お時間いただきました」に変化してきたことに気づきました。背景には、患者さんが待合室で時間を気にする文化があるからです。「お待たせしました」だと待ち時間を強調しすぎるけれど、「お時間いただきました」なら敬意を保てる。こうして言葉の棚卸しをするのも、エスノグラフィーで得た視点があるからこそです。

応用編: 調剤現場以外での活かし方

営業や接客でも文化を読み解く

営業先のオフィスに入った瞬間、壁に貼ってあるスローガンや共有されるコーヒーメーカーの使われ方を観察しましょう。そこに働く人の価値観がにじみ出ます。ある医療機器メーカーに同行したとき、入口の掲示板に社内イベント写真がびっしり。そこで私は雑談の切り口を「最近の社内イベントどうでした?」に変えました。すると一気に距離が縮み、商談が滑り出しました。文化を読む癖は、あらゆる交渉や接客で武器になります。

オンライン会議でのエスノグラフィー

画面越しでも観察ポイントは山ほどあります。参加者の背景の本棚、マイクのオンオフのタイミング、チャットの絵文字使用頻度。私はオンライン服薬指導で、患者さんがチャットに「了解」とだけ打つときは不安が残っているサインだと気づきました。そこで「文字で返事をもらったら、必ず追加で『他に気になることありませんか?』と声で尋ねる」ルールをつくったところ、後日の問い合わせ件数が減りました。

よくある質問と私の答え

Q1. 忙しくて観察なんて無理です

私も最初はそうでした。だからこそ「何かをやめる」から始めました。具体的には、昼前の10分間は電話を別のスタッフに任せ、私は待合室を見回る時間に固定しました。観察時間をカレンダーに予約するイメージです。たった10分でも1週間続ければ、70分分のデータが貯まります。

Q2. 記録が主観だらけになります

私は「客観」「推測」「次のアクション」の3段構成で書くことにしています。例えば「客観: 13:05 受付で処方箋を出す手が震えていた」「推測: 新しい薬への不安が大きい」「次のアクション: 来週の来局時に服薬状況を詳しく聞く」。枠を決めることで、主観が混ざりすぎるのを防げます。

Q3. チームが協力してくれません

観察の成果を「ストーリー」として共有するのが効果的でした。「この前、Aさんが傘立てを移動してくれてから、雨の日でも『助かったよ』と笑って帰る人が増えたんです」と、具体的な人名や変化を添えて話すと、協力者が増えます。

最後に

エスノグラフィーは面倒くさいと思われがちですが、忙しい現場こそ取り入れる価値があります。観察を通して患者さんの文化を知れば、会話がするっと滑り、説得にかける時間も減ります。私自身、毎日が観察の連続で疲れる日もありますが、そのおかげで「この薬局は安心できる」と言ってもらえる頻度が増えました。小さな気づきを積み重ねれば、現場の文化ごと良い方向に動きます。明日のシフトでも、いつもの会話を少しだけ引いた視点で眺めてみてください。きっと、見落としていた文化の糸口が光って見えるはずです。

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この記事を書いた人

現役薬剤師として、人と向き合う仕事を続けてきました。
患者さんとの何気ない会話の中に、信頼や安心が生まれる瞬間がある――そんな「伝え方」の力に魅せられて、このブログをはじめました。

いまは医療の現場を離れ、**「伝える力」「聴く力」**をテーマに、日常や職場、家族の中で使えるコミュニケーションのヒントを発信しています。

心理学や会話術、言葉選びの工夫など、明日から使える内容を中心に。
読んだ人の人間関係が少しでもやわらかくなるような記事を目指しています。

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